私の知人の短歌集です。

 ふるさと

生まれ育った、炭鉱の町、福岡県大牟田を詠んだ歌。

 北の原野

北海道での暮らしを詠ったものです。

 歩を合わせ

病院勤務でデイケアーのスタップとして多くのお年寄りの
方々との交流を詠った歌。

 

母に捧ぐる歌

最愛の母を亡くした悲しみと思慕を詠み母の遺影に捧げた歌。

 

病みてより

脳梗塞で倒れた父を看取った約八年の日々を綴った歌。

流るる星

大家族の生活の中で仕事しながら、母として妻として、
そして嫁として暮らした二十年の生活の歌。

 遠花火

仕事に押しつぶされ、鬱にかかった夫との日々の歌。

 旅 路

旅行先で感じたままを詠に・・・。

 椿のように

人の巡り会いを歌に。

春の雨降る

離婚・母の死・・・女ひとり必死に生きた七年間の歌。

 花いちもんめ

念願の保育士になり、それからの14年の子供達との交流を綴った歌。

 息子

反抗期を迎えた息子(長男)とのふれ合いを詠んだ歌。

 りんごの匂い

少女へと変わりゆく、娘との日常のなかでのふれ合いを歌う。

 満ち来る月

学校で鎖骨を骨折し、入院した息子(次男)を詠んだ歌。

 待合室

乳がんの疑いで繰り返した細胞診の結果が出るまでの
約一ヶ月間の心境を詠む

 近況の歌  K君

勤め先で出会った知恵遅れのK君との心の交流を詠んだ歌。

  

 

台風一過

大型台風に続けて二度襲われたときの生活詠。

「リンク集」

 短歌ホームページ  与謝野晶子の紹介  短歌イエローページ
 田端益弘の短歌俳句館  ネット短歌コンクール  短歌フォーラム

山頭火の世界

金子みすずの詩集

相田みつお記念館

土屋文明記念館

金子みすずの紹介

相田みつおの世界

「短歌の簡単な説明文」     引用:小田部先生(筑後川)

 短歌は、温泉に身を沈めて、ああ何ともいえない、いい気持ちだとか、旅行して、ああ何ともいえない、いい景色だといいますが、その「何とも言えない」ものを三十一字で「言う」のです。
 だから有るといえばあり、無いといえばないような
感じをあらわすのです。感じ・感動は実際の事柄に応じておこるのですから表現の方法は、とにかく実際にそくして「ありのままを直接に現す」以外ありません。
 ありのままに、直接に、というのが表現の出発点であり、到達点であります。
この「実際」というものを、何よりも大切なものとして追求するのが「写生」の行き方です。「写生」とは、生ヲ写ス、生命を表現するので、斉藤茂吉は、『実相に観入して自然・自己一元の生を写す』といいました。あらゆる現実の相を、自分の眼で見るという事です。

 次に短歌は、「単純でなければならぬ」と聞かれたでしょう。
単純といっても大切な実際・具体性はつかんでいなければなりません。作り始めの人は、こんな事だけ言ったのではつまらない、物足りない、と言うように思って、尾ひれをつけて勿体ぶり、飾りたて、美しくこしらえるのが歌と思いがちですが、細工をしないで実際のありのままを単純に言うことが大切です。
 歌に「しゃれ」「理屈」はいけません。ごたごたしたわずらわしいものでなく、単純で重みのある、「純粋になればなるほど短く」あるべきはずのものです。
 

 素養や素質など考える必要はありません。素直に事実を現す態度を続けたら生きた短歌は作れます。おびただしい歌集、情報に眼を通すより、「実際に作る事によって」作り方を発見できるのです。そして作ったものは、友達なり先輩なりにみせて、他人の批評を聞くことが進歩に役立つと思います。
 短歌のような価値判断や味わいの微妙な作品では、優れた先達者に助言を受ける事が有益です。他人の作品を鑑賞しその批評に耳を傾け、自分の作品の批評を聞いて反省し、一番大事な事は「素直さ」のような気が致します。
 

★短歌を作るために気をつけることは・・・
:間口を狭く奥行きを深く…
・余分な物は削ること。
:単純に
・分かりやすい言葉で、心の有る歌を。
:物の見方、切り取り方…同じ物でも見方が違えば全く違う味わいになる。

:例えば、三角錐をしたから見れば円だけど、真横から見れば三角形になる
具象が大切(実際のこと)